新書の思ひ出

竹内洋丸山眞男の時代 大学・知識人・ジャーナリズム』(中公新書)を読了。

丸山眞男の本は、大学生のときに『「文明論之概略」を読む 上中下』(岩波新書)を読んだ。福沢諭吉『文明論の概略』(岩波文庫)との併読。大学生になったのだから、丸山眞男ぐらいは読んでおきたい。当時、そんな風に思わせる風潮がまだあった。うんと背伸びをして楽しみのない読書だったような気がする。今、読めば、だいぶ印象も違うのだろうか。

学生時代は、副読本として新書を読ませる講義が多かったように思う。講義で読まされて印象に残る新書は、大塚久雄『社会科学の方法』、内田義彦『社会認識の歩み』『読書と社会科学』、なだいなだ『権威と権力』(全て岩波新書)など。ラインナップを見ると、やはり時代を感じる。今、これらの本を使っている講義はまだあるのだろうか。

丸山眞男の時代』に繰り返し出てくる社会学者のブルデューも、当時は、ブルデューの「ブ」さえ聞かなかった気がする(私が不勉強だっただけか)。

上野千鶴子『セクシィ・ギャルの大研究』、栗本慎一郎『パンツをはいたサル』(共にカッパブックス)がテキストの講義もあった。潮木守一『キャンパスの生態誌』(中公新書)、橋爪大三郎『はじめての構造主義』(講談社現代新書)も面白かった。

講義と関係のないところでは、ガルシア=マルケス戒厳令下チリ潜入記 ある映画監督の冒険』(岩波新書)、陳凱歌『私の紅衛兵時代 ある映画監督の時代』(講談社現代新書)が記憶に残る(偶然、両方、サブタイトルに「ある映画監督」がついている)。その頃、六本木にあったシネ・ヴィヴァンで陳凱歌監督の「子供たちの王様」を見たことも思い出す。

そもそも、初めて読んだ新書は何だったろう。多分、高校生の頃に読んだ、正木ひろし『首なし事件の記録 挑戦する弁護士』(講談社現代新書)だったと思う。スリリングなこの本に感動し、次々と、冤罪ものの本を読みつないだ記憶がある。この事件を映画化した森谷司郎監督の『首』(1968年)は、ずっと見たいと思いながら未見(橋本忍脚本、佐藤勝音楽、小林佳樹主演と豪華なスタッフ・キャスト)。日本映画専門チャンネルで放送してくれないか。

昨日と一昨日の毎日新聞の夕刊に最近の新書ブームについての記事が出ていた。
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/archive/news/2006/02/21/20060221dde014070029000c.html http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20060222dde014070050000c.html

これからも色々な新書が出て、いろいろな新書を読むだろう。

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