芥川賞と直木賞

芥川賞のノミネートが発表されてから、選考会までに候補作を全部読むということを行っている。今回もチャレンジしてみたが、通勤の電車の中のみという、現在の読書時間では全部は無理だった。読めたのは、西村賢太「小銭をかぞえる」(「文學界」2007.11)、楊逸「ワンちゃん」 (「文學界」2007.12)、川上未映子「乳と卵」(「文學界」2007.12)、津村記久子「カソウスキの行方」(「群像」2007.9)の4作。

以下、勝手な感想(予想?)。

西村賢太「小銭をかぞえる」は、いつもの藤澤清造私小説で、相変わらず面白い。古本ネタも満載で、古本好きには必読(藤澤全集の版元の古書店のことなど、ここまで書いていいのかと少し心配に)。だが、これで受賞するのだったら、以前候補になった「どうで死ぬ身の一踊り」で受賞しているだろう。

楊逸「ワンちゃん」は中国人女性が日本語で書いた小説ということで話題になっている。紋切型の表現が多いものの、確かに達者な日本語だ。「20年も日本にいれば…」という人もいるが、そう簡単なことではないだろう。ストーリーテリングもうまく、宮本輝あたりが評価しそうだが、新しさはまったくない。

新しさを感じさせるのは川上未映子「乳と卵」。ぶっ飛んだ新しさではなく、ほどよい新しさとでも言おうか。「ワンちゃん」と逆に宮本輝には評価されないかもしれないが、協力に推す選考委員が何人かいそう。

個人的に一番面白く読んだのは、津村記久子「カソウスキの行方」。「カソウスキ」を外国の固有名詞か何かと思い、何も考えずに読みだしたが、その意味がわかる頃から物語が動き出し、俄然面白くなる(それまでは少し退屈)。ただし、意味がわかると、この「カソウスキ」という言葉をタイトルに持ってくるセンスはどうかなと思ってしまう。ただ、かなり直木賞寄りの小説なのも確かなので、その辺りを選考委員がどう評価するか。

読んだ中では、「カソウスキの行方」が◎、「乳と卵」が○(逆かなという気も)。未読の中山智幸「空で歌う」(「群像」2007.8)、山崎ナオコーラ「カツラ美容室別室」(「文藝」2007.秋)、田中慎弥「切れた鎖」(「新潮」2007.12)の中では、山崎ナオコーラが気にかかる。

直木賞は、評判からすると桜庭一樹『私の男』文藝春秋)だが、19年ぶりのノミネートの佐々木譲『警官の血(上下)』(新潮社)が気になる。前回候補になったのが『ベルリン飛行指令』。その後の『エトロフ発緊急電』『ストックホルムからの密使』『武揚伝』『疾駆する夢』『制服捜査』といった優れた作品も一切、候補になっていなかった(『エトロフ』は山本周五郎賞を受賞したためだろう)ので、内々に候補の対象から外れていたかと思っていた。候補も世代交代を進めているような印象があったが、佐々木譲ほどのブランクではないものの、黒川博行も『悪果』で『国境』以来のノミネートだ。

『私の男』と『警官の血』のダブル受賞が最も濃い線だろうか。桜庭一樹の文章に違和感を示す読者もいるようだが、選考委員はどうだろう。黒川博行が割り込むこともあるか。いずれにしても、この3人の組合せのダブル受賞の可能性が高いと思う。